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Beautiful Sky

せんせいあのね∼アフリカ大陸ジンバブエでの活動記録∼

私が青年海外協力隊になるまで①新卒で作業療法士にならずに協力隊に応募したきっかけと迷い

協力隊活動 協力隊になるまで

Manheru!(こんばんは)

青年海外協力隊としてジンバブエに派遣されています、大岡です。

 

日本はもう秋でしょうか。青年海外協力隊の秋募集が始まったみたいですね!

ちょうど一年前の秋募集に私は応募して、ここジンバブエに来させていただいているわけです。あれから1年なんてあっという間だなあ、なんて懐かしい気持ちの大岡です。

 

さて、

今回は、題名の通り、私がここジンバブエに来るまでのお話しシリーズ!始めます。

(なんと、最近目次の付け方を学習しました!!!)

最近なんだか、日本が恋しくなってきていて、活動にもやもやしている自分がいるので、なんでここに来たのかとか振り返ることで、モチベーションを挙げようと思っているところです。

 

目次

ジンバブエに来る前の私

ジンバブエに来る前の私は、長崎で学生をしていました。作業療法というリハビリテーション系の勉強をしていました。国家試験を受けて一応資格はもっていますが、経験のないペーパー作業療法士です。卒業してすぐ、ここジンバブエに来させていただいているわけです。

海外に行くことはもともと好きで、大学生の時に、よくあるバックバッカーというのも少しだけやってみたりもしました。カンボジアにスタディーツアーに行ったり、今はやりのフィリピンに語学留学に行ったりもしました。大学では硬式テニス部に所属し、旅、海外、というもの一筋!というわけでもなく、いろんなことに興味がありました。

が、特にこれがしたい!こんな夢がある!というのはなく、ただただ大学生活を楽しんでいました。

実は就活を始めていました

私がいた学部は、大学4年生の10月ごろから就職活動が始まります。ほかの学部に比べると遅いですよね。というのも、作業療法学専攻は、理学療法なども同じですが、4年生の秋まで病院で長期の実習があるので、それが終わってからの就職活動になるわけです。

実は私は、実習が終わって、10月に兵庫県京都府にある病院に就職活動として、病院見学に行っていました。面接までは受けていませんが、関西方面か関東方面で作業療法士として就職するつもりでした。というか、そうなるものだと思っていました。たぶん。(笑)

どこかで感じていた違和感

病院見学に行ったはいいものの、なんだか即決できませんでした。作業療法士になる覚悟もできていませんでした。何より、自分は本当に作業療法士として病院で働きたいのか、というもやもやした気持ちがありました。

「就職して、ずっと日本で作業療法士をするのかな。私、これでいいのかな。」

と。

インドネシアにいる母に相談

進路に迷っていて、インドネシアで教員をしている母親に進路について相談していた時の事、青年海外協力隊のワードが。

「海外に人生で一回は行ってみたい、でもいつ行きたいのかわからない、作業療法士もしたい、日本で経験も積みたい、かもしれない…」

という私の言葉に何時でも海外なんていけるよ、という意味でだとは思いますが、母親がくれた案の一つに青年海外協力隊があったんですね。

それから少しだけ、ほんとに少し(笑)、青年海外協力隊について調べたんです。その時はまさかほんとに青年海外協力隊になるなんて思っていませんでした。ただただ進路の選択肢が増えて迷う時間も増えただけ、と(笑)

 

学科長に相談

私の専攻は、「長崎大学医学部保健学科作業療法学専攻」という長ったらしいものなんですが、保健学科長であり、作業療法学の教授にも進路についてたくさん相談しました。(そのほかの先生方にも、めちゃくちゃ相談しました、その節はありがとうございました。)

「先生、私、どこに就職したらいいんですかね、なんかよくわかりません」

作業療法士にはたぶんなりたいです!(キリッ)」

「海外にでも行ってみようかな~。就職せずに。世界一周とか!ははは!(そんなお金ない)」

「大学院とかどうですか?どう思います?」

「ねえ、先生、どうしよう~~~~時間がない~~~泣」

話があっち行ったりこっち行ったり。先生もこんだけ言いたい放題の学生には困ったと思います。すみません(笑)

 

「母が青年海外協力隊とか言ってたんですけど、そんなのどうですか?ははは!」

もはや進路に迷っている自分を楽しんでいましたね。進路を決める気あったんでしょうか(笑)

学科長「協力隊ねえ。いいっちゃないと?アフリカにでも行って来れば?ははは!」

適当かよ。すっごい適当な素敵な先生なんです。

学科長「私もアフリカのマラウイに行ったけんねえ。いい経験になりますよ。ははは!」

 

…?…は?

 

学科長、協力隊OBでした。ええ。しかもですね、新卒で理科教育の職種だったんですよ。わけわかめでしたね。なんで今、作業療法学の教授してんだこの人。人生ってわからない。って、とにかくびっくりでした。そこから具体的に学科長からの情報収集が始まり、青年海外協力隊という選択肢が現実味を帯びてきたんです。

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↑学科長が協力隊OBということで毎月届くクロスロード。いただきました(笑)

 

即決できなかった理由

でもどうしても「青年海外協力隊」という選択肢を即決できませんでした。

 

理由①2年も海外に行くとかえって来てからブランクができる

 せっかく国家資格を受けるために勉強するのに、2年も海外に行くと勉強したこと全部忘れちゃうのいやだ!と思っていました。また勉強すればいいだけなんですけどね、その時はそう思っていました(笑)

 

理由②2年後帰ってきて就職すると、大学の同期は作業療法士4年目

 協力隊に行って、2年後帰ってくると、帰ってきて次の年度からの就職になるので、大学で一緒に勉強した同期は作業療法士4年目なんです。そこに私は作業療法士1年目として働くわけです。その差が生まれてしまうのが嫌だったんです。

 

理由③新卒で何ができるのかわからなかった

 まだ行ってもいないのに、新卒の自分に何ができるんだと、勝手に不安になっていました。いろんなブログを見ても、協力隊に行くなら20代後半がいいとか、新卒は受かりにくい、とか、いろいろ書いてありましたからね。それに、現場で働いた経験がなくて、いきなり日本でもない、外国の現場に入って何もできない自分が容易に想像できました。ただただ、できない自分を想像すると、怖かったんです。

 

理由④作業療法を極めてみたいという思いがあった

 今まで、何かをずっと続けてきた経験がありませんでした。書道、そろばん、英会話、軟式テニス、硬式テニス、吹奏楽金管楽器ダンス、などと、いろいろやってきたんですが、やったことない人よりはできるけど、ずっとやってきた人にはかなわない。という感じで、広く浅く手を付けてきたタイプで、そこにコンプレックスのようなものを感じていた自分がいたので、そろそろ何か「これはできる!」というのを作りたい気持ちがありました。それが「作業療法」だったんです。なので、日本で作業療法士として経験を積むという選択肢を捨てきれませんでした。

 

最大の理由◎協力隊は決まるのが遅い

私が受けようか迷っていた青年海外協力隊の秋募集は、合格が決まるのが2月中旬。

私がいた学部は、就活をするときに2つの就職活動を同時進行というのがあまりできなくて、協力隊を受けるなら、病院の方は就活できない、という状況でした。でも待って。2月に合格発表って遅い。もし落ちたら?3月から一人で就職活動するの?周りは12月にはほぼ全員就職決まるのに?落ちたらどうすんの。3月に就活って間に合うの?卒業旅行いけないんじゃない?

これが即決できなかった最大の理由です。(笑)

 

友達に相談

 一年前ですが、よく覚えています。たくさんの友達に相談してお世話になったんですが、一番軽かった友達の一言で、「協力隊、受けよう」と決めました。

大岡「ねえ、作業療法士になるか、海外行くか、どっちがいいかな~まだ決断できんのんよね、私。だってさ~・・・(ぶつぶつ…)」

友達「行って来れば?サオリ(大岡)、アフリカで民族の格好してそうだよ。似合うよ!わっはっは!」

 

なんだこのアドバイス、っ思うかもしれないんですが、意外とこの軽さが私を決断させてくれたんです(笑)。「そっか、私、アフリカ、似合うんだ、そっか!もう何でもいいや!とりあえず受けるか!どうにでもなる!よし!」って。私もたぶん頭おかしいですが、これから協力隊の説明会に行ったり、応募書類を書いたりが始まりました。

決断とあせり

決断してからはバタバタでした。私がいた学部は2月末に国家試験を受けなくてはならず、12月くらいからはその勉強で忙しくなります。その前に卒業論文を仕上げて発表まであるので、10月11月は卒論と就活でみんな大忙し。

私が受けた秋募集の1次書類の締め切りは、11月2日だったと思います。そこから受けると決断はしたものの、なんだか迷っていた分、書類が書けない。書けない。書けない。結局1次の書類を提出したのは締め切りの2日前だったと思います。速達。郵便局で、「間に合いますか?絶対に間に合いますか?」って必死に聞いたのを覚えています(笑)。消印有効だったと思うんですが(笑)必死だったんですかね。

 

 

こんな感じで、応募を考え出してから決断するまで、1か月もなかったと思いますが、毎日悩んで相談して、という感じでした。

最後はかるーい感じの決断でしたが、本当に最後まであっち行ったりこっち行ったりでした。

途上国になんで行きたいのか、

何をしに行くのか、理由と答えが見つからなくて、決断に時間がかかってしましました。結論、私は、「途上国でこんなことがしたい!」「こうやって人を助けたい!」とかそういう詳しいことは考えず、ただ「行ってみたい」「やってみたい」「なんかワクワクする」そういう抽象的な、心の声というのを優先したんです。

 

 

さて、次回の「私が青年海外協力隊になるまでシリーズは、~国家資格を持つ私が、資格がいらない青少年活動に応募した理由~です!

その前にほかの内容の記事を書くかもしれません。またよろしくお願いします!

 


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